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4月, 2020の投稿を表示しています

米国における戦略物資としてのベースメタル、レアメタル

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前回のポスト『 不可抗力事項(フォース・マジュール)を行使されたとき、なにができるか 』をもって、50投稿を達成しました。 ちまちまと、2017年の12月より、誰に向けて発信しているのかわからない、ニッチ中のニッチ情報を、当ブログ媒体に書き殴って参りました。初回ポストは、『 ここ数日間の違和感 』というタイトルのもと、当時、巷を賑わせていた"角界問題"や、トランプ大統領の弾劾訴追の動きなどに言及しながら、例のごとく「なんか、嫌な予感するよね」と、世を憂いておりました。 過去の栄光にしがみつくだけが能の ポンコツが、訳知り顔で権力の中枢で踏ん反り返って、うまい飯を食える世界は、いずれ崩壊する運命にある と考える次第です。 結びは、上記の通り、またしても、何に対しての憤りなのか見当もつかないほど、ほとばしる"なにか"がありました。 近頃は、発信する方法や内容について、「数年後に見返したときに、当時の熱量が残るような表現」ができるように留意しながら、構成を考えております。キーワードや、時事問題を拾えているかということ、小手先のテクニックになってしまいますが、Twitterやその他SNSへのリンク手法、アクセス解析なども取り入れながら、読者側の姿勢やニーズの理解にも努めました。 そこで、少しずつわかってきたことは、日本の非鉄金属スクラップマーケットに対する、海外からの熱視線というものが、幾ばくか存在するのだなということです。海外の業界紙の記者さんとの交流なんかも始まり、このブログを継続していく意義というか、自分の中でのモチベーションのあり方が、以前に比べ、上向いていることは間違いありません。これ以上、己の思いをぶつけても、脱線するだけなので、そろそろ本題に進むとしますか。 今回は、「"ポストC19"時代における、米国の動向」について言及します。 目次 戦略物資としてのベースメタル、レアメタル 銅精錬も自分でやるよ スクラップも自分でやるよ 戦略物資としてのベースメタル、レアメタル 『 国防総省が戦略的金属鉱山に投資、中国の支配力を鈍らせる狙い ( Pentagon Invests in Strategic Metals Mine, Seeking to

不可抗力事項(フォース・マジュール)を行使されたとき、なにができるか

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段々と、「 件 (くだん) のウィルス騒動についての報道に"キレ"がなくなってきた 」ように思うのは、筆者だけでしょうか。筆者個人の感覚でしかありませんが、メディア側での"新しいネタ"が出てこない。つまり、糞詰まりのような状態にあるのではないでしょうか。隣国が成功モデルをもとに、国際政治における新たなポジションを確立しようと蠢く姿を横目に、我が国の状況は非常に芳しくない。そのように理解をしております。 ウィルス織込み済みですが 貿易および法律世界に、「フォース・マジュール(Force Majeure)」という用語があります。商社やフォワーダーにお勤めの方であれば、ご存知のコトバだと思います。いわゆる、契約書に明記する「 不可抗力事項 」というヤツです。もっと、ざっくばらんに噛み砕くと、「 ごめん!うちの会社(国)じゃ、手のつけようもない緊急事態が発生したんだよ。だから、この契約なかったことにしてくれ! 」といった感じの意味合いです。今般のウィルス騒動が問題視され始めた頃、スクラップ貿易においても、当該事項が行使され、多くのサプライヤーさんが、大変苦しい思いをされたというハナシは、聞いております。 参照: 株式会社日立総合計画研究所 "Force Majeure" Force Majeure(以下、フォース・マジュール)」とは、「不可抗力」を意味するフランス語であり、地震・洪水・台風・戦争・暴動・ストライキなど、予測や制御のできない外的事由全般を指します。フォース・マジュールに類似する概念として「Act of God」(神の行為)がありますが、Act of Godが地震・洪水・台風などの自然災害に限られるのに対して、フォース・マジュールは、自然災害に限らず、戦争・暴動・ストライキなど人間によって引き起こされる出来事や事情も含むところに特徴があります。 (例のウィルス名を言及すると、色んなフィルターに引っかかるので、あえて"C19"とします。)今、まさに我々は、"With C19"の時代を生きています。つまり、 誰しもが、"非常"の中で生かされているわけです 。そんな"With時代"に、例えば、あなたが

リアルタイムでパラジウムの採掘状況がわかるそうですが、つまりそれはAI

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皆さんは、海外の取引先と対峙したとき、どのような手段で、"思い"を伝えますか。これから、 前回のポスト で言及した通り、日本国内での分断が起き、これまで当たり前に供給・物流できていたモノが、突然ダメになる可能性はゼロではないと思います。一方で、対極の動きとして、これまで「 遠くて遠い国 (地理的な距離だけでなく、なんらかの障壁があり、これまで取引が起こらなかった国々)」が、「 遠くて近い国 」になる可能性もゼロではありません。今般のウィルス騒動は、物流におけるコスト、貿易自体のあり方、すべてを変革する素地を持っていると考えています。 例のごとく、大きく脱線しそうなので、妄想論はココまでとしますが、お伝えしたかったのは、「 これまで付き合ってこなかった人々に対して、能動的に存在をアピールする必要がある 」ということです。それは、海外だけでなく、同じ国の中でも、同じことが言えます。みんながみんな、シュリンクする経済ににありながらも、もしかしたら、まだ繋がっていない経済圏があって、それらを繋げることで、商売として成立する可能性は、十二分にあるわけです。そういった商売の"醍醐味"のような部分を、巷では"営業"などと呼ぶのかもしれません。 ただ、今の現状の中では、「 旧来の対面式"営業"で、商談まで導く 」ことは、非常に難しいと感じています。人々の移動や、"越境"に制限があるからです。ただでさえ、いわゆる"飛び込み営業"は、大変でした。介在余地が薄い業界なんかは、特にそうだと思いますが、訪問したところで、「間に合ってるよ!忙しいんだから、邪魔しないでくれ」だとか、「で、結局いくらなの?おたくの競合は、これぐらい出してるんだから、契約するには、少なくとも、その見積もりより高くないとね」などと言われるのが関の山でした。 越境するコストは上がったけど、交流するコストは下がった おそらく、"リージョナリズム"が浸透するにつれ、みんな必死に、「安く安定的に売れるトコロ」を探し回ります。そして、「商材をどうやって、うまく売るのか」ということも、当然のことながら考えるようになります。商流にせよ、ものづくりの仕方にせよ、ノウハ

アンドロイドのような人間が生まれる未来は、すぐそこにある

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皆様は、"言霊"というコトバを信じますか。日常の中で、何の気なしに吐き出す、ひとつひとつのコトバには、"なにか"が宿っているとされています。その"なにか"については、呪力があるという向きもあれば、ただただ可愛らしい精霊さんが、そこにポッと現れるという向きもあります。 確かなのは、ヒトという存在が、"なんてことないコトバ"のひとつひとつに、なんらかの意図を付与したり、なんらかの意味を汲み取ることで、あたかもそこに、「"なにか"がある」と認識してしまうことです。 日常の商売のなかでも、同じようなことが言えるかもしれません。つい、何の気なしに「 ホント、段取りが悪いよな 」と誰かが言ったとします。その同じ空間には、二人しかいません。言った本人は、「 ああ、もう少し、僕も積極的に手伝って、この仕事がスムーズに追われるように、もっと関わっておくべきだった 」と思っていたとしても、そのコトバを受け取ってしまった、もう一人は、「え?俺のせい?てか、これ、俺の仕事じゃねえし」などと、ネガティヴな思考に呑み込まれます。 このような思惑の不一致の根本的な原因は、「 頭の中に浮かんだコトバを、反芻することなく、何の気なしに吐き出してしまう人がいること 」にあります。そのコトバが、口から出なければ、なんの不一致も合致も起きないからです。 なんか、アイツと馬が合わないんだよな もう一つの原因は、「 何の気なしに発されたコトバを額面通り受け取り、それを反芻して、額面以上の意味を生み出してしまう人がいること 」にあります。いわゆる、"思い込み"というやつです。その齟齬のレベルは、二者間に共通項が少なければ少ないほど、大きくなります。語弊があるかもしれませんが、育った環境や置かれた立場によるものの影響が大きいと思います。飛躍した表現になりますが、「お互いの"期待値"と、なにに期待しているのか」という点が噛み合っていないのです。 もはや、なにを言いたかったのか、さっぱり忘れてしまいましたが、昨今のウィルス騒ぎを通して、「 これまで、人々が、他人のことなんて、本当はわかっていないのに、わかっているようなフリをして、それとなく、なん

24時間、頑張れますか。欲しがりません、勝つまでは

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「満身創痍(まんしんそうい)」という言葉があります。今、まさに我々が置かれている状況・状態を指すのではないでしょうか。あまり、感傷的かつマゾヒスティックな思考は、良くないなと思う一方、客観的に"自分の姿"を直視できない、しようとしない状態も、決して良いものではないと考えます。 参照:ウェブリオ辞書『 満身創痍 』 「満身創痍(まんしんそうい)」とは、 「全身傷だらけの状態」あるいは「心身ともにボロボロの状態」という意味 で用いられる表現である。 なにをもって、「傷だらけのボロボロ」かと申しますと、結局のところ、為政者はもったいぶって言いませんが、「 今後、何をやってもダメなもんはダメ 」なわけです。いわゆる、「焼け石に水」の状態です。 どれだけ、政治家の皆様が汗水垂らして、我々国民のために対策を講じようとも、あと数カ月先に待ち受けているであろう、真の意味での国難や、それ以後の"敗戦処理"の困難さを鑑みたときに、その"頑張り"は無意味になってしまいかねません。 つまり、今般の「ウィルス騒動を起因とした経済崩壊シナリオ」に対する根本的な対処法は存在しないわけです。なぜなら、「 経済をボロボロにしたいと切に願う人がいる 」からです。そして、彼らは、我々が思う以上に、影響力を持っています。 もしかしたら、そういった現実と"道"を俯瞰せず、この傷だらけのボロボロの身体で「 がんばろう、がんばれる 」と盲信し、邁進することに、残念なことではありますが、あまり意味はないのかもしれません。 飛躍したハナシになってしまいますが、かつての"大ニッポン帝国"は、そのマゾヒスティックな暴走を持て囃し、死を美化しました。この過ちは、二度と繰り返すべきではないと考えています。今、この瞬間も、一部の政治家や政商がなにやら不穏に蠢いておりますが、絶対に彼らの私腹を、"我々"の痛みや犠牲で、肥やすようなことはあってはなりません。 ものすごく楽観的な見方かもしれませんが、肩肘張って「やるべきことを、増やす」のではなく、「やれないことは、やらない」と キッパリ諦めちゃった方が、いいのではないでしょうか 。これからの数年で、実体経済が麻痺してしまうこ

日本的政治システムは、もう限界にきていますよね。非鉄地金生産は、それほど悪くはないようですが

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日本的システムは、あと何年続くのか 非常事態宣言が、全国に適用されました。筆者の住む地域でも、昨夜遅くに県知事が会見を開かれ、「"不要不急"の移動を避けるよう、"要請"する」とのお達しがなされました。この手の"要請"が、果たして本当に、他国で"強制"されている、非常事態宣言と同等の意味をなすのか。 同調圧力の強い、古き良き日本的やり方が、本当に適切に「感染流布の抑止」に繋がるのか。仮に、想定以上の感染が拡がったときに、性善説だの、「人権擁護の観点から、強制はできない」などと仰る為政者は、どのように責任をとってくれるのか。以前にも言及したことかと思いますが、彼らは楽観視しているから、「やる必要はない」と考えているのではありません。おそらく、「 自分たちの手には追えないと強く認識しているので、やれない 」のです。 給付金のハナシにしても、なんにしても、日本の古き良き貴族政治は、こんな感じ。 シガラミと思惑に揉まれながら、ぼそっと「あのさあ、こうしたいんだけどさあ」 まったく聞く気は無いが、「みんなは、どう思う?」 なんとなく、対案を出させて、「いやあ、それはダメでしょう」 結局は、「ま、今回はこんな感じでやってみましょうよ」 やってみたのはいいものの、ボロが出てきて、「誰のせい?僕のせいじゃないよ」 追及されて、「記憶にございません」 官僚が吊し上げられて、「よきにはからえ」 そして、今回に至っては、某宗教・政治団体の暴発を恐れ、「いやあ、そこまで言うなら。やってみますか」といった風情でヘラヘラ。疲弊するのは、それに振り回される国民と、無茶振りに付き合わされる一般の官僚です。為政者は、美味しいご飯食べて、いちばん安全な場所にいるわけですから。 日本国内の銅・亜鉛・鉛の地金生産はどうなるか 鉄鋼新聞のウェブ版に言及がありましたので、かいつまんで、そのまま引用させていただきました。想定より悪くはないようですね。銅精錬の皆様は、揃いも揃って、前年度に「あー調子わりいなー」とか、「すみません。いつもの修理があるんで!」と言って、高いスクラップ原料は買わずに済みましたね。よかったですね。もう一度言いますが、「安いスクラップが買えるようになって、よ

近い将来、工業用金属やら貴金属は宇宙空間から仕入れるようになるのでしょうか

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かつての扇動的なコロナ報道にも、落ち着きが出てきたように感じるのは、私だけでしょうか。メディアも余裕がなくなってしまったのでしょうか。いや、むしろ、政府の言論統制が効果を奏しているのでしょうか。 また、巷の「いついつには、個人の口座に1億円振り込まれる!」だとか、「日本人は、別の次元の地球に移住するのだ!」などといった妄言論者の語調も弱くなり、しまいには、同じ論者が「なるべく早く、今後の人生計画を練り直した方がいい。他の国へ移住するのも考えるべき」といったことを言っています。ワレワレは、別次元に移住するんじゃなかったのでしょうか。はて。 定期的に、当ブログの読者様の情報を確認しています。やはり、時節柄、" パラジウム "に関するハナシに、際立ってアクセス数が出ています。 https://www.michiru-resources.com/search/label/パラジウム 筆者としましても、ある程度の信ぴょう性のあるハナシと、トンデモ論をバランスよく配置し、読み物として「 よくできている 」と思っています。ぜひ、ご覧ください。 海外の金属スクラップ事情 あと、顕著なのは、北米からのアクセスですね。利用しているプラットフォームが、GoogleのBloggerであったり、Twitterへの告知も行なっているので、発信している"方向"がそちらになるのは、致し方ないことです。というか、こんなトンデモ論ブログにアクセスし、翻訳してまで、「"極東事情"なり、"日本のスクラップ事情"について知りたい」と思っている方々が存在することに驚きます。今後も、そういったコアな方々向けに、ホットで有用な情報をお届けしたいですね。 もうひとつ、「おもしろいな」と感じることを挙げるとすれば、ルーマニアとかアラブ首長国連邦からのアクセスです。世界的なスクラップ需要の減退が続いているのでしょう。おそらく、今まで、非鉄金属スクラップ全般の"上物"は、欧州の西側の"上の方"に流入していたのだと思います。そして、"鋳物"やら"スソ物"は、"下の方"なり、東側に向いていたのでしょう。その流

非鉄金属スクラップの世界に、専門商社はもういらない

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非鉄スクラップ・ブローカー、ディーラーの皆様方、いかがお過ごしでしょうか。かつて、「 地球はひとつ 」のスローガンを高々と掲げ、(一般には)得体の知れない、謎のコンテナ群が、世界中の港を行き交っていました。規模が大きくなるにつれ、コンテナでは対応できなくなり、バルク船まるまるひとつを単位として、「得体の知れない、謎の品々」が、食欲旺盛なグリーディ国家に運ばれるようになりました。もはや、今となっては、「 盛者必衰の理 (ことわり)」とでも申しましょうか、「 風前の灯 (ともしび)」と申しましょうか。 "グローバリスト"の絶滅 今般のウィルス騒動で明確になったというか、改めて強く再認識させられたのは、「 地球はひとつではない 」ということでしょうか。かつて、当ブログにて『 踊り場からの脱却 』という記事を、2017年の12月にポストしました。その当時、まだ雑品の中国向け輸出は機能していたと思われます。ただ、過渡期にあり、様々な情報が錯綜していたことは、間違いないようです。(人間というのは、ほんの数年前の出来事でさえ、鮮明に記憶できないのですから、本当に困ったものです。) 日本の“ヤバさ”というのは、相撲協会の内輪揉めのハナシにせよ、大物政治家の特定利権との癒着にせよ、本当にどうでもよいことを、どうでもよくないことに昇華させて、どうでもでもよいことに自分たちの神経をすり減らすこと、すり減らされることに快感を見出してしまう、マゾヒスティックなところにあると思います。不毛な議論の末に、無能な人間がヤンヤヤンヤ囃し立てるうちにほとぼりが冷め、「なかったこと」になってしまいます。進歩はないと考えています。 どうやら、その当時、日本の世論は、「相撲協会の内輪揉め」と「政治家の利権」について、真面目に向き合っていたようです。"相撲の件"については、未だに「 なにが、どのように決定し、結論がなんであったのか 」ということは、理解できていません。"政治家の件"については、今現在もそうですが、「 なんのための政治なのか 」ということは、未だに理解できていません。今、我々が置かれた状況というのは、磔(はりつけ)に目隠しの状態で、ただひたすら、メディアから注がれる「コロナについての最新情報」を口に注がれている

「わけること」が人間のサガであり、そしてまた堂々巡り

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アートは時代を読む ベルギーの Buscemi さんのアルバム『 Retro Nuevo 』を聴きながら作業しています。このタイトル「新しき(Nuevo)、懐古(Retro)」という表現は、非常にシンプルでありながら、上質であると思います。人間の生み出す文化は、常に原点に戻ることを拒みながらも、結局は同じようなところに着地して、その時代に沿った"新しさ"と結合して、"新たな文化"として受容され、再生産されているのだと思います。 巷では、いわゆる"ジャンル"の垣根を少しだけ跨いだ、"クロスオーバー"なものが、あたかも「 斬新であり、時代の先端をゆく 」と捉えられがちですが、果たしてそうでしょうか。そもそも、 その"ジャンル"とは、誰がなんのためにつくったのでしょうか。なにかを「売るため」でしょうか。「テリトリー(利権)を明確にするため」でしょうか。 おそらく、「わけること」は、人間の性(サガ)なのでしょう。そしてまた、いつまでたっても堂々巡りをやめることができない業(ゴウ)の深さ、我々の能力の浅はかさ、その" 限界 "が思いの外、自分たちの手の届く範囲に留まっていることの現実は、今般のウィルス騒動で浮き彫りになりました。 限界と変化の波 昨今、政府から給付されるものが、あーだこーだ、外国ではいくら支払われて云々等、様々なウワサが飛び交っています。ひとつ間違いなく言えるのは、日本国の役人さんや、議員の先生方も、「精一杯、自分の" できる範囲で "頑張っている」ということだと思います。 左記の"限界"に繋がる話ではありますが、「それ以上は、やろうと思っても、色んな足枷や能力の問題で、できない」のです。国難に陥った時に、絶対的なリーダーシップを発揮できる人物が仮にいたとしても、それを許容できない、日本的システムの問題が、そこに大きく横たわります。 毎度、手前味噌で恐縮ですが、2018/05/30付『 きな臭い感じ 』にて、今後進むであろう「大手による寡占化(第二フェーズ)」について、下記のように言及しました。 ある程度成熟した競合による労働資源の囲い込み、調略、ヘッドハンテ