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1月, 2021の投稿を表示しています

時代がどれだけ変化しようとも揺るがないモノとは

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前回 、 前々回 と、まあ、いつもの“能書き”と言いますか、戯言(ざれごと)を述べさせていただいたわけですが、今回は、箸休めの回です。 今朝方、とある会報誌のインタビュー記事に目が留まりました。 僕は確定申告では職業欄に[イラストレーター]と書きますけど、最初にいったやつだからそうしているだけで、[イラスト]の仕事は年に数枚あるかどうか。[文章]に関しては[コラムニスト]と称することはありますけど、自分のことを[俳優]といったことはありません。それは、見た人がそうだといってくれたら、そうなのだと思います。 リーリーフランキーさんのことばです。カッコ[]は、筆者が勝手に入れました。 常々、筆者は“原料屋”でありたいなどと言っていますが、見事に「 そんなことは、どうでもいい 」と思わせる歯切れの良さに、ただただ頷きます。どれだけ格好つけたからといっても、他人が、「こいつは、原料屋だな」と思えばそうだし、「“クズ屋”だな」と思えばそのようであるのです。不確実性の高い昨今の経済状況から、「こんな苦しい状況なんだから、これはこれぐらいでいいだろう」と割り切った時点で、己の可能性は、そこで終わってしまうのではないか、そのようにも考えました。カッコ[]を埋めるのは、自分ではなく、他者であると。 リング取引やめるってさ Bloomberg 『 ロンドン金属取引所、伝統の「リング取引」を恒久的に停止も 』 このハナシも、香港取引所傘下になった時点で、「時代は変わる」といった常套句と共に、何度も取り上げられています。今般のウィルス騒動の影響を真正面に受け、リング廃止が現実のものとなりました。 Farewell, the London Metal Exchange - Anthony Lipmann - The Oldie https://t.co/TZHpNrjWpY — Lipmann Walton & Co Ltd (@LipmannWalton) January 27, 2021 今朝方、Twitter上に興味深い記事を見つけました。Lipmann Walton and Co Ltdという会社のオーナーさんが書かれた記事(上記Twitter引用)です。(Web上のプロフィールを拝見するに、

みちるリソースがこれまで文字によって紡いできた“幹”の部分 (パート2)

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前回のつづき です。 憚りながらも、「業界には革新が必要だ」などという生意気な暴論を吐かせていただいたわけですが、真意を伝えられていない恐れがあるので、もう少しだけ、手前の能書きにお付き合いください。 前回、“ゴミ”の輸出に際して、「 なんでもかんでも第三世界に送り込んで、“なかったこと”にするのは、もはや時代錯誤ではないか 」ということについて言及しました。ここで明確にしておきたいのは、筆者は、むしろ“スクラップ貿易”をやってゆきたい。なぜかというと、前回のポストでも少し触れましたが、「 どうやったら、いちばん高く売れるか 」ということを考えたときに、日本国内の小さなマーケットだけを見ていたら、競争上の優位性はなかなか出ない。また、「コンテナ単位でコモディティを扱うこと」に、計り知れない魅力があるからです。ただ、「第三世界の人間でさえ二の足を踏むような“えげつない”スクラップというのは、結局のところ、ゴミでしかないし、コモディティたり得ない」ので、そういった商行為は、やるべきでないという思いです。 そして、もし、左記のような“ゴミ”が、なんらかの技術革新で、“資源”ないしコモディティたり得る状態にまで昇華できるのであれば、率先して取り組むべきだし、その“技術革新”を成し遂げた人物は、大いに保護されるべきだし、大いに利益を獲得すべきだとも考えています。 コモディティとしての金属スクラップ 筆者は、「国内で発生した資源は、 極力、 国内で再循環させるべきだ」と考えています。ただ、もし、日本以外のマーケットで、下記を担保できる場所があるのであれば、もちろん、それは、「日本に拘る必要性」はないに等しいと思います。場合によっては、その第三国で加工されたものが、回りまわって、日本の製品市場に帰ってくることだって、往々にして考えられます。つまり、循環しているのです。“純然たるコモディティ”たり得ているのです。 「日本では価値が低いとされるモノ」が評価を得られる(=新たな価値) 「日本でも売れるモノ」に対して妥当な評価を得られる(=競争力) 輸出先において環境負荷が低く、買主側が効率的な資源を回収する術を知っている(=永続性) 例えば、銅と鉄で構成されたスクラップを20トン以上仕入れたとします。たしか

みちるリソースがこれまで文字によって紡いできた“幹”の部分

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昨日の未明より、ぽつぽつと降り続いた雪の残り香が漂っております。こんな日は、過去の投稿を振り返りながら、これまで蓄積してきた暴論の数々を振り返りながら、思考の整理を行ってまいりたいと思います。先回で言及した通り、そろそろ、投稿が100を迎えます。非鉄金属スクラップ並びに、ベースメタル原料貿易、地政学について、思うがまま書き殴ってきたわけですが、いち媒体としての昇華を図るべく、みちるリソースがこれまで文字によって紡いできた“幹”の部分と、未来を創造してゆくための“枝葉”の部分を、明らかにしてみたいと思います。今回は、前者について言及します。 みちるリソースが、繰り返しお伝えしたいこと 静脈(スクラップ再生)産業も革新が必要だ 大局的な視野で物事を捉え、流動的に行動ができないと、飢え死に至る 中国の“ヤバさ”というのは、一見荒々しい無謀な施策でありながらも、それが実際に将来のための荒療治であるということ 「化かす(イリュージョン)能力の有無」が、"スクラップ"を取引する上での"旨味"に直結していた 静脈(スクラップ再生)産業も革新が必要だ この暴論に関しては、『 資源を再生し、儲かる商売として成立させるためには 』という記事の中から抽出しました。この考え方は、筆者が当業界に足を踏み入れた時分より、強く感じていることです。 当業界は、殊に、「属人的な要素が強い」と思います。選別や加工手法にしてもそのようであるし、仕入れから販売までも、もちろんそのようであります。前者に関しては、ざっくり言えば、「人の手をかければ、キロ当たりの単価が〇〇円上がる」という思想です。後者に関しては、いわゆる、「あの人だとダメだけど、あの人ならイイ(=特定の人で取引が決まる)」という思想です。 極論を言ってしまえば、選別・解体手法のちょっとした違いで、付加価値が大きく変わるのであれば、市中一般の末端業者が、メーカーへ直接納入を行う業者と同じ仕様で荷造りした際に、市場における最高の単価で売れるということではないでしょうか。しかしながら、文字通り、「そうは問屋が卸さない」わけです。システムとして、“そのように”なっているからこそ、素人は玄人に太刀打ちできない。恐らく、江戸の商人文化の影響でし

だからこれからも、ゴミの話がしたい

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2020年は、赤色の動画配信サイトのダウンやら、同サイトにおける米国大統領選に対する独自の"自主規制"など、「 なんだかなあ 」と思う点が目立ちました。水色のマイクロブログサイトの"それ"にも、本当にうんざりしました。青いSNSサイトにしても、同様のことが言えると思います。かつては、誰もが「自由気ままに、思うままに、それぞれの思いを発信できていた」と。縁遠くなっていた旧友や、遠く離れた親友、同質な他者との「関係を繋ぎとめてくれる特別な場所」であると思い込んでいました。 今となっては、そんな楽園なんていうものが存在しないということは、誰もが知っています。先人は、こう言いました。「 只より高いものはない 」と。結局は、我々の一挙手一投足が、商売の"ネタ"として、インターネット上の"帝国"に献上され、情報資源として、彼らの経済的な繁栄のツールとして利用されていただけに過ぎません。 ほらね 本年最初の投稿になりますが、これ見よがしに過去の投稿を掘り起こして、「 ほら、言ったとおりになっただろ 」と嘯くこともできましょう。しかし、そんなことは、どこぞの大手投資会社のアナリストに任せておけばいいことです。手前の情報は、所詮、インターネット上で得られる二次情報と、ほんの少しの一次情報を掛け合わせただけに過ぎません。また、実際のところ、手前の商売の都合や、取引先との関係性から、「直接お伝えできないこと」も多々ありました。つまり、当ブログは、当然のことながら、筆者の相当なバイアスがかかっているのです。胡散臭い情報であることに間違いはありません。 筆者が発信している、ベースメタル並びに貿易関連の市況情報は、意外と"niche(ニッチ)"であります。特に、資源スクラップ市況に関する情報は、その"隙間"に生える"ditch(ドブ川)"のような存在であるが故に、その流れ自体に勢いはありません。当業界において、最も流動的な情報は、これまでもこれからも、「 他所 (よそ) が、いくらで買っているか 」ということにあるということに変わりはありません。いわば、海外の政経事情がどのようであるとか、モノづくりの世界がどのようで