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古河グループとは

銅素材に関わる身として、“古河グループ”の存在を忘れてはならないなと思い、いわゆる“備忘録的に”まとめてみました。 古河グループ(ふるかわグループ)は、戦前の古河財閥の流れを汲む企業グループである。 本流会社および密接な提携関係を続けているものは、古河三水会理事会社である古河機械金属、古河電気工業、富士電機、富士通、横浜ゴム、ADEKA、日本軽金属ホールディングス、日本ゼオン、朝日生命保険、みずほ銀行の10社と、会員会社39社の計49社である。 参考: https://ja.wikipedia.org/wiki/古河グループ 同社の創業者であり、後に「銅山王」と呼ばれた古河市兵衛は1875年(明治8年)、草倉銅山を譲り受け、「古河本店」として経営を開始した。その後、足尾銅山(栃木県)を譲り受け、この足尾銅山の発展を基盤とし様々な産業へと多様化の道を歩み始めたという。 古河グループ(古川財閥)の各社は、ほぼ全てが古河機械金属の一部門としてスタートしている。例えば、富士電機製造(現・富士電機)は古河電工とドイツ社シーメンスの合弁で設立された。また富士通信機製造(現・富士通)は富士電機から分離独立したほか、富士通ファナック(現・ファナック)は富士通から分離独立した。さらに、横濱護謨製造(現・横浜ゴム)は、古河とアメリカ社グッドリッチの提携により設立されたほか、日本軽金属は、古河と東京電燈(現・東京電力)により設立されている。 一方、草倉銅山は1739年(元文4年)の発見が始まりと伝えられ、江戸時代には会津藩随一の山と言われた。古河鉱山の経営となって以降、新技術の導入などで産出量が年間1083トンにまで達するなど隆盛を極め、周辺には6000人余りの人が暮らしていたという。 参考: にいがた経済新聞 WEB版『古川機械金属の創業地・鹿瀬(現阿賀町)』