黒船に備えよ!時代は思いの外進んでいるようです

今回は、投稿100回を迎えるにあたり、ライトでわかりやすい路線で攻めてみたいと思います。

3/24、政経Twitter界隈では、“世紀の珍事”が話題となっておりました。そうです。例の「コンテナ船、スエズ運河にすっぽりハマる」という、なんとも(はたから見たら)微笑ましい事件です。

貿易関連の方々は、「オオカミが来たゾ!」的なスタンスで、「海上運賃上がるよね」と言います。地政学関連の方々は、「有事の際に、こういった不測の事態が重ねて起こると、政情不安を煽るよね」と言います。陰謀論関連の方々は、「オー!エバー・グリーン!どこの誰から指示を受けて、なんの意図があって、こんなことをするんだ!」と言います。

それぞれの思惑や想定でモノを語るので、当然のとこながら、所属しているクラスタ毎の見解の色に差が出ます。決して、それらが間違っているとか、理解できないとか、そういうことではありません。ただ、「ひとつの考え方、視点に拘る」と、コトの神髄が見えなくなったり、別の要素を理解することができなくなって、最終的に損をしたり、無駄骨を折ることに繋がってしまいます。

クルマがつくれないよ

今、「半導体不足で自動車生産に支障が出ている」というニュースが飛び交っています。しかしながら、本当に、「半導体がないから、車をつくれない」のでしょうか。

東レさんは、原料の確保ができないことから、“フォース・マジュール”を行使されました。かつて、当ブログにおいて、『不可抗力事項(フォース・マジュール)を行使されたとき、なにができるか』という記事をポストしました。当該記事の中で、筆者は、「これまでも、これからも、『国境をまたぐ』ということは、様々な利害関係者、既得権益者の頭の上を飛び越える行為です。彼らに失礼があってはならないし、揚げ足をとられないよう、きちんと知識と誠意をもって対応しなければならない」と述べさせていただきました。

まさに、今この瞬間、「モノづくりができない」大きな事由は、単に「特定の一部の部品が足りていないから…」ということではなく、概して「あらゆる商品のサプライチェーンが寸断されている(されかねない)から、憶測が憶測を呼び、原料・資材を調達する側が疑心暗鬼になり、“幅”を見るしかないし、供給側も急激な要求増に対応できないから…」ということではないでしょうか。

オオカミが来たゾ!

簡単に言ってしまえば、「みんな、“実需”がどうのこうのと言っているが、蓋を開けてみれば、“実際の需要”は、そこまでナイのかもしれません」ということです。確かに、クルマに関しては、「内燃機関から電気自動車に置き換わると、銅の使用量が何倍にもなる」とか、「アルミと鋼板の溶接技術が確立されて云々」といった希望的観測もありますし、ベースメタル自体の必要性は確かに増すのでしょう。ですが、それは、「今の技術をベースに、これまで同様の生産手法とレシピを用いた場合の試算」でしかありません。

今後、新しい技術や素材が現れれば、「コストの嵩むモノづくりは悪」となり、バッサバッサと切り捨てられるはずです。つまり、「〇〇がないと、アレがつくれない」という発想自体がナンセンスであり、「〇〇が高いから、このパーツも、このパーツを使った最終製品も高くなる」という“当たり前”も通用しなくなる、ということです。実際のところ、ナイロン66に関しては、代替品の開発が急ピッチで進められているとのこと。



今までの“当たり前”がひっくり返されたときに

ハナシが飛びに飛びまくってしまい、大変恐縮ですが、肝はここにあります。先日、五味やすたかさんのYoutubeチャンネルを拝見しました。『黒船来航 に備えよ! 危機感を共有します。共感頂ける方はシェアを テスラ モデル3 【試乗レポート後編】』というタイトルです。

五味さんは、日本の自動車産業が固執する旧態依然の“モノづくり”に危機感を覚えていらっしゃるわけです。その中で、「テスラに採用された“インゴット生産”の技術」に関して言及されています。簡単に言えば、これまで、背骨(シャーシ)を「強度と軽さを両立した骨と骨の接合」して、“安全性”とか“走行性”を担保していたわけです。一方で、テスラは、その背骨を「型に流し込んで、ドーン!」で済まそうとしているわけです。いわゆる、“破壊的イノベーション”です。

日本の自動車メーカーは、内燃機関を中心とした重厚長大な産業構造を背景に、癖の強い素材・レガシーを生かす“匠の技”で覇権競争に打ち勝ってきたわけです。しかしながら、昨今の新トレンドに対し、あまりにも過去の栄光にすがるあまり、とても消極的な姿勢でいます。そんな“アティテュード”に、五味さんは憤られています。

翻って、非鉄金属スクラップ屋はどう向き合う

今後、テスラ車が廃棄されるようになると、どんなことが起きるのでしょうか。まず、左記でお伝えしたことではありますが、背骨はアルミ・ダイキャストです。同社の特殊合金でしょうか。汎用性はあるのでしょうか。他の自動車メーカーも、“インゴット生産”に切り替えるのでしょうか。

ハーネス部は、おそらく幹の部分以外は、アルミ線ですよね。モーターにしても、どうやらエナメル線を使わない、銅と鉄が一体(焼結)成型された特殊なモノらしいです。どうやって分離させましょうか。基本的に、半ば合金のようになってしまったものは、精錬に向けるしかないですよね。そもそも、高出力のバッテリーを積んだ車体の解体って、どれほど難しいのでしょうか。蓋を開けたら、中身は、バッテリーとモーターだけだったみたいなことになるのかもしれません。もはや、昔懐かし“ミニ四駆”の世界です。

もっと言ってしまうと、電気自動車の解体利権って、メーカー側が全部握ってしまうかもしれませんね。いわゆる、“エコシステム”をモノづくりだけの範疇だけでなく、製造から原料への再生までの一連の“輪”として捉えているのかもしれない。これは、筆者の妄想に過ぎませんが、昨今の潮流から考えれば、案外あり得るハナシです。アップルがやっているような、再生品・廃棄品の流通管理と通ずるものがあります。

まあ、細かいコトを考えても、どうしようもないし、「なるようになる」と考えなくてはいけませんが、少しでも、“未来”を描く訓練を続けていないと、あっという間に淘汰されてしまうような気がしてなりません。

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