大きな大きな都市鉱山利権

もはや、語気強く「やんややんや」と申し上げるネタもなくなってきました。

この“騒ぎ”も、傍観すると「ヤマ利権関係者の悪あがき」の様相を呈しております。もしくは、これも、長らく講じられてきた“資源政策”の一環なのかもしれません。この“小芝居”を掻い摘んで書き記すと、おおよそ以下の通りであると思います。

  • 中国のアフリカ地下資源利権の地盤固めが終わる
  • 中国、オーストラリアの地下資源に対して牽制
  • オーストラリア、その挑発にのる
  • ベースメタル相場高騰
  • オリンピック閉幕
  • 中国、アフガニスタンの地下資源利権を獲得
  • ギニア、世界情勢の混乱に便乗してクーデター
  • ベースメタル供給、逼迫継続(操業停止、物流寸断等)
  • ベースメタル需要、大量の資金投入によって高水準維持
  • ベースメタル相場、高値維持

今後、「相場が上がるのか、下がるのか」、そんなことは神のみぞ知る事象であります。ただ、ひとつ明確なのは、現在の中国は、世界の鉱物資源を巡る駆け引きの中で、相当に優位な位置にいるということです。ギニアが調子に乗るようであれば、資金援助を打ち切って、オーストラリアに声をかければいいし、後者が強気な姿勢を貫くなら、前者をバックアップすればいいだけのハナシです。

手前味噌で恐縮ですが、ちょうど昨年、弊ブログにて『中国主導のアフリカ銅山開発は、順調なようです』という記事を投稿しました。一度は、したり顔で「ほら言ったこと」と知ったかぶってみたいものです。

実際のところ、「アルミのギニア推し、銅のコンゴ推し」は、2019年頃から既に、“既定路線”として、堂々と語られておりました。そして、その当時から、「なんらかの“ショック”があること」や、それを起点とした産業構造の転換が極端に推進されることも、明確に言及されていました。(その頃の“雰囲気”は、『メーカー"側"は潤っている』にて。)

都市鉱山開発に係る補助金減らしてみたよ

参照: Sustainable Japan 『「中国での金と銅のリサイクルコストは資源採掘価格を下回る」米化学会論文発表

中国では2011年にリサイクル法「WEEE(電気電子製品廃棄物回収処理管理条例)」が発効し、正規のリサイクル業者は政府から補助金が支給されるようになった。例えば、調査対象のあるリサイクル業者によると、2015年に平均13.83kg のブラウン管テレビ1台から原料回収にかかったコストは16.95米ドル(約1,818円)。補助金の13米ドル(約1,394円)を差し引くと、同社の負担額は3.95米ドル(約424円)となる。

つまり、中国では、日本でいうところの“小家電”や、海外でいうところの"E-Scrap(Waste)"を適正処理することができる業者に対して、補助金が払われていたということです。実に、係るコストの四分の三を占めます。

銅はリサイクルコストの方が5%安く、金は82%も安かった。…2010年から2015年の間、バージン材料がリサイクルコストを下回ることは一度もなかった。

文字通り、いわゆる“リサイクル活動”から各ベースメタル、ひいては貴金属を回収する方が経済合理性が高い、ということです。

現状では、テレビ、パソコン、携帯電話、電子レンジ、冷蔵庫、洗濯機等、年間4,000万t以上が廃棄されており、2020年には5,000万tにまで膨れ上がると見られている。

この内容が指し示すのは、「将来的に、同国国内で発生するスクラップの量(=都市鉱山における潜在的なベースメタルの埋蔵量)が間違いなく増える」ということであり、「場合によっては、もう、海外から集めなくても、十分なんじゃないか」といった提言があっても、なんら不思議なことではないということです。もうひとつ、歪んだ邪推をさせていただくと、おそらく「件の補助金は、年々下げられているんじゃないか」ということです。下げれば、大方の企業は、旧来の労働集約型を維持できなくなるし、販管費を抑制しようとすれば、機械化、自動化に走ります。追随できない企業は、吸収されるなり、解体されるなりして、淘汰あるのみです。もしくは、販管費の安い第三国へ進出します。

そこにきて、同国政府は、貿易に依存する企業に対して、「以後、“廃棄物”は、通しません。“原料”として認められるもののみ!」と高らかに宣言したわけです。海外鉱山の権益を間違いないものとし、国内の都市鉱山からの安定的な供給を見込めるのですから、「得体の知れないゴミ」を国内に持ち込む必要性は、無いに等しいです。産業構造を、一夜にして一変させることで、雨後の筍のようにして現れた「得体の知れないゴミ処理業者たち」を排除することに成功したわけです。もっと言ってしまえば、為政者の息のかかった「清廉潔白な原料メーカー」を育て上げ、安定的な税収を獲得するにも至るわけです。

そして、対外的には、「環境政策として、もう、ゴミはやりませんよ」と喧伝します。まあ、確かに、「得体の知れなさ」が排除されるわけですから、表層的な部分では環境に良いのかもしれません。ただ、実際のところは、第三国で煮たり焼いたりするなり、同国国内で曲がりなりにも“正規のやり方”で、ゴミは“原料”に置き換えられるわけです。おそらく、実際に、“負荷”としては、ほぼほぼ変わっていません。その“責任”は、ヨソへ転嫁するなり、「脱炭素に向けて、環境に良いことをしているから、ご褒美だね」と、悪い部分とオフセット(相殺)できる。まさに、これが、全世界で起こっている“環境対策”の主流ではないか、そのように筆者は考えています。

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